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高ソメ キャンプ場

公式サイト:

F弟が、大学近くの下宿から帰って来たのを受け、僕ら夫婦との3名は先発隊として曇天の中を涼しい信州に向かって走り始めた。246号、東富士自動車道に入るとかなり強い雨が時折降る。そんな天気が中央高速に入っても続いたが、長野自動車に入る頃には、天気も持ち直し快適なドライブを続けた。F弟は、大半は熟睡タイム。人生において一番眠い時期なのかもしれない、と言うのは僕の過去の経験からの実感だし、後部座席に一人でいても退屈だし…。まあ、もうすぐ到着だ、暫しの辛抱だ!
 松本ICをおり、国道158号線を走る。昔友人に何度か連れて行ってもらった乗鞍スキー場への道。おぼろげながら、記憶がよみがえる。小学校、そして新島々の駅…。ここを過ぎると急に、景色が変わる。登山と山岳観光へのアクセス道路らしい狭く急勾配の道が川沿いに続く。そして無数のトンネル。途中、世にも珍しい(?)トンネル内の信号つきの交差点を初めて左折。県道26号線を奈川に向かう。余りあてにならないカーナビはまもなく目的地への到着と示している。斜度は益々きつくなる。おっ!看板発見。ここを左折すれば到着だ。分かりやすい一本道をエンジンをうならせながら進む、進む…。が、一向にキャンプ場らしいものは見えてこない。不安な様子の3人、途中見落としたのか?そんな話をしながらも、(U-ターンする)決心がつかずそのまま走った先に、果たしてそれは存在した。
 林間に点在する細長いキャンプ場の奥にある受付でチェックイン。僕らのSiteは、受付のすぐ下のエリアだ。降り出してしまった雨の中、さっそくテントの設営。とりあえずタープだけでも張れば、後はその下での作業。濡れないで済む、と急ぐ。なんて書くと雨のキャンプなんて残念ね、と思われるかもしれないが、実は雨の中の作業を終え、タープに落ちる雨音を聞きながら、コーヒーを飲む、というシチュエーションに僕は憧れを持っている。現に、真っ暗な静かな場所で車の中で雨音のみを聞き、時折遠くをヘッドライトの明かりのみが移動する、何ていうのを味わうのも喜びなのだ。しかし、タープを張り、テントを張った頃には雨もやんでしまい、おニューのゴアテックのレインコートも、たいして役を果たせず終いだった。
 暫くすると今回のキャンプ仲間、Mファミリー(ご夫婦と末娘のKちゃん)からTEL。松本ICを降りたとの事。さぁ、来たらすぐに食事ができるようにと取り掛かろう。夕食は定番のBBQ。
思ったより早くMさんのエスティマが到着。早速男性人はテントの設営、女性人は夕食の最終仕上げをする。そして美味しい水割りで乾杯。至福の時!明日の上高地行きの相談をしながらグラスを傾けるうちにほろ酔いに…、そのままGood-Night!高原の割に涼しくない。シュラフを肌蹴るようにしながらいつしか眠りについた。
 早く寝れば早く起きてしまう、これは自然の摂理であって、6時には大方のメンバーが起床。トーストとフレッシュジュースの朝食を食べ、お昼用のおにぎりを作り、M氏の車に乗り込む。交通規制のため、この時期の釜トンネルは非常に混む、それを避ける為には少しでも早く出たい。沢渡に着くと既に駐車場の入口には「満車」の看板が目立つ。この先にもまだ公営駐車場があるだろう、と車を進めると町外れの様相。あれ、何もなくなってしまった、どこかでU-ターンしなければと思っている矢先に新たな大きな駐車場。ラッキー!車を止めると、タクシーの運転手さんが近づいてきた。大人5名子ども1名だから2台になるから嫌だ、というと1台でいけるからとの申し出!これはラッキー、タクシーで行く事にする。上高地は、人数がまとまればタクシーの方が安い。しかも、途中途中の観光ガイドつき。「帰りは上高地ホテルの前で待っているといいですよ。その先はとても混むから、ここでお客さんを乗せて帰った方が得だから、ここで待っていると優先的に乗れます」とのアドバイスも貰った。ご親切に感謝の意を表し、車を降りカッパ橋に向かう。既に橋の両側は人でごった返している。釣り橋の揺れの恐怖など感じないほどの頑丈な橋だが、この重量を本当に支えられるのか?と疑問視してしまうほど、皆橋の上におり、写真を撮り合い、川の流れを見て楽しんでいる。川を渡り、僕らは道を右に取った。明神橋梓川右岸コースと言う散策コースが続く。昨日の天気が嘘のように、快晴の夏の空の下、穂高の山々がそびえ、その下を澄み通った梓川が流れている。暫く行くと道は林間に入り込む。雄大な山々は姿を見せないが、せせらぎはハイキングをする僕らをずっと楽しませてくれた。また、時折あるビューポイントは突然見える開けた風景だからこその一層の美しさと感激を与えてくれた。散策コースではこのコースが一番のヒットだろう。往復のどちらかだけでも歩くべきだ。明神池に着く。神社になっており、拝観料が必要との事。そのため僕らは中に入らなかった。
さて、F弟は家族の影響を受け、最近写真を撮るのを楽しみにしている。今日も持ってきたフィルムを早くも既に取り終え、観光地料金の高いフィルムを購入。次はカメラ購入かな?マァ、同じ趣味の人が増える事はいいことだ、頑張ってバイトしてカメラやフィルムを買おう(笑)
明神橋を渡り、昼食タイム。座るだけでアブが近づいてくる。そんな中で今朝作ったおにぎりを食べる。さぁ、元気を出してまた歩こう!今度は明神橋左岸コースと田代橋までの右岸コース、大正池梓川コースを歩く。この後、リフレイン奈川で汗を流し、そして夕食を作らなければならない。あんまりゆっくりもできない僕らは早足でカッパ橋まで戻る。ウェストン氏の碑・中の瀬園地を横目で見て田代湿原に行く。私事だが、僕は上高地に行くのは3度目だ。30年程前に家族で行った時、10年前に友人と行った時、そして今回。30年前には、幼心にも大正池の神秘的な風景に心を躍らせた。10年前は、あまりにも破壊され俗化した風景に幻滅をした。今回は、田代池がこんなに美しかった事を改めて見直し、それとともに益々進んだ商業開発に悲しみを覚えた。大正池がそうであったように田代池の美しさも何十年後にはなくなるだろう。最後の一番美しい時期に訪れる事ができたのではないか、そんな喜びと感謝があった。そして大正池。池の中に立っている枯れ木立の数はめっきり少なくなった。しかし、人間に例えると渋さが出てきており、落ち着いた風景だった。とても広くなった池の周りは、一等観光地らしいセカセカした感じや窮屈な管理体制はなく、隠居した後の日なたの優しさが広がっていた。僕らもそこでお茶を飲み、疲れを癒した。
さて、行きのタクシーの運転手さんに言われたようにホテルに着くとタクシーなどは全くない。フロントで電話を借りると、配車は不可能との事。追い討ちを掛けるようにフロントマンも、ビジターセンターの方が乗り易いですよ、との事。話が違うよぉ〜。小1時間かけてビジターセンターに行く気力をなくし、呆然としながらたたずんでいると一台のタクシーが、ビジターセンターに向かって走っていく。慌てて止め、乗車。「いやぁ、実は無視しようかどうか迷ったんですよ。」と素直に語ってくれた運転手さん。釜トンネルは16時に閉鎖されてしまう。そのため、15時30分には最後のお客さんを乗せたい。今ここでお客さんたち(僕らの事)を乗せて沢渡りまで帰って、沢渡りから宿泊客を乗せてもう一度上がって来れるか、これは掛けですからネェ…、と。上高地観光客が客の大半のこのエリアのタクシー運転手は、1日数度の往復しか出来ない、一回余分に出来るのかは大きな収入の差違を生む。かといって、帰り便が空車だったらガソリンばかりがかかる、という訳だ。ビジターセンターまでの20分を削って、わざわざU-ターンして僕らを乗せてくれた運転手さん。沢渡の駐車場では、なんとすぐにお客さんを乗せることが出来、そのまま上高地へと戻っていった。人事ながら僕らもホッとした。
車に乗り込み、町営のリフレイン奈川に向かう。ふるさと基金を使い作られた施設には町民がお湯を楽しんでいた。施設はどこにでもあるようなものだったが、山中のこの近隣の人たちには憩いの場であり、「都心」という何でもある所から訪ねた人間がいろいろいうべきものではない。それに何よりも汗をかいたこの身にはこの温泉の爽快感が心地よかった。一日を終え、キャプ場に戻る。今日の夕食は・・・(すみません、失念しました)。
最終日。朝はホットケーキ。ちょっぴり童心に戻って甘い朝食を楽しみ、片付け。周辺のかたがたも帰宅される方が多いのか、今朝は皆あわただしい。天候に見舞われ、テントもタープもしっかり乾いており、片付けは簡単。2台の車で野麦峠に向かう。首都圏に近い場所に住んでおり、経済的にも大動脈の国道1号線や246号線を見つづけているものにとって、地域の国道のギャップは大きい。簡易舗装の曲がりくねった道を登る登る登る…。眼下に杉檜の林を見る。電力会社の高圧線が横切っている。日本の山林は、経済的に外国産にかなわないため、放置されて荒れた山になっていると聞く。唯一と言っても過言ではない収益は、線下補償、高圧線なら尚更だろう。だが、景観は台無しである。美しい山とは程遠くなる。こんな事を言って、山林所有者を困らせてもしょうがない、景観が日本の財産であるなら、税金の投入で山を守る事が大切だろう。経済が成り立たなくなった針葉樹林から四季を感じさせ、彩り楽しませる落葉樹への意向。それは保水力を高める事にもつながり、砂防ダムや不要な林道を排し、しいては川や海を豊にする。そんなことを考えながら、対向車に気をつけて走っているうちにお助け茶屋に到着。
ハイキングコースの先の山頂には石碑が立っているというので歩いてみる。過去に行った諏訪湖のほとり、当時としては最高級の従業員福祉施設なのだろうが、疲れきっている女工さんが風呂の中で寝ないように、そこに玉砂利を敷き、深さも1mほどある、千人風呂。その地の幾つもある工場から体を壊したことによりお払い箱にされてしまったとある女工さんを、お兄さんは寒い冬、徒歩で迎えに行く。戸板で作った背負子に妹を括り、4日間歩いてこの峠まで来た時に故郷の山を見て死んでいった、という話。やれバブルだ、やれ飽食だといわれているが、その日本の経済の基盤を作った人はこういった名もない女の子たちだったのだろう。人命の使い捨てを目の当たりにしショックを受ける。
山を降りたところで信州名物のみたらし団子と御幣餅を食し帰路に着く。木曽は全て山の中である、と文人は書く。全くそのとおりの場所を旅して、気持ちをリフレッシュする事が出来た。