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 八ヶ岳南麓周遊

 
8月8日は教会役員の定例会。しかも司会当番なので、休むなんてもってのほか…、というわけで、お決まりの金曜仕事終了後からの1泊2日のプチキャラバン。今回は、ひまわりを見に山梨県の明野まで行ってきました。
明野村は、須玉ICそばの高原の農村地帯。大きな処分場反対運動が20年ほど繰り広げられていたので、新聞などでその名前をご存知の方もいるかもしれません。
17時、定時と共に帰宅をさせていただき、そのまま出発。しかし、この時間がめちゃ込みなのは世間の常識、というわけであせらず行こう、と心に決めていたのですが、内心は道の駅にオリジナルのワインか地ビールがあるかな?営業時間の21時までに到着したら買って飲めるかな?とかすかな期待もしていました。しかし、自宅-松田間の255号線、石和-甲府間の20号線と込み合い、また晴れ時々曇りの予報なのに、御坂トンネルを出たところで土砂降りとなり、甲府を過ぎたあたりでナビの到着予想時刻は21:30を示しています。
話は変わりますが、コミニュケーションって難しいですよね。人間同士もそうですが、人間と機会の間もうまくコミニュケーションを取らねばならないと、強く感じます。カーナビには癖があります。同じ国道だと、国道番号の小さい方に行かせたがるとか、県道と国道だと国道に行かせるとか…。イクスス号に搭載しているナビはどうも早めに細い道に行くようだと踏んだ、Takeは逆らって『道の駅・韮崎』の看板が出るまではかたくなに国道20号線を行くことにしました。しかし、結果は『道の駅・韮崎』より北に行っても案内板は出ることなく、しかたなくCVSでビールを買って15分のロスで引き返しました。教訓、知らない街ではナビが一番!というわけで21:45、無事到着。
一時の雨のやみ、少しは…嫌あんまり暑さは変わらないようです。2月納車のイクスス号、(避暑地以外では)初の夏のバンク体験です。
横浜ナンバーのレオ・バンクスを始め多くの車が止まっており、バンクスのそばは空いていなかったので一番奥に駐車し、遅い夕食。
ここ『道の駅・韮崎』は『銀河の駅』と当初つけられていたそうで、これはこのあたりから中央線の寝台を見ると、まるで宮沢賢治氏の銀河鉄道の夜を思わせるからだとか…。しかし、僕らは見ることなく就寝してしまいました。
確かに銀河の駅の方がかっこいいかも… 変わった歩道橋の向こうは、温泉&プール
裏には直ぐ川が流れています 至近距離にCVSとほか弁、ヴ〜ン最強?
道の駅のコンセプトは、地方の活性化。とても大切なことだと常々思っております。しかも、農業振興に手助けになれば、とささやかながら一宿一飯の恩義で買い物をすることにしておりますが、22時前に到着し7時過ぎに出発をしてしまったので、今回はお店に出向けませんでした。ただで泊めていただきましてありがとう!!
ここから明野村は目と鼻の先。農作業の軽トラに混じって僕らも農道を走ります。
幾つ物地域振興や住民交流のために作られた行政施設の大きな看板が出てきたところを右折すると、まさにこの通りはその施設通り。そこに目指すひまわり畑がありました。まずは、その規模をごらんあれ!!


どうですか・・・全部ひまわりです。朝の7:30頃ですが、多くのカメラマンが、脚立、三脚を持って撮影をしていました。僕も負けずに…


げっぷが出るほどひまわりを見ました。でも、力強くていいですよね。夏の暑い日ざしに似合う花です。
昔見たソフィア・ローレンとマストロヤンニが主演したイタリア映画の『ひまわり』は、戦争によって引き裂かれる悲しい別れとロシアの大平原に鉄道で何時間もの間植えられているひまわりの花が印象的でした。規模は違い、時代が違い、平和にアベックが写真を撮り合うのがほほえましかったです。でも、蜂や虻が多かったから充分気をつけてね。
その後僕らは、清春白樺美術館を目指します。白樺派の哲学は、庶民の日常を大切にした点といわれていますが、その流れは文学の域を越え広く芸術全般に渡り、中心人物の武者小路実篤氏や志賀直哉氏は、その哲学にのっとった美術館の建設を試みますが、頓挫してしまいます。そして、その意思を引き継いで長坂町に芸術村が設けられその一角に美術館が建設されました。
夏休みだからでしょうか?特別展として東山魁夷画伯の展覧会が開催されていました。

この絵が見たいがために行って来たといっても大げさでないくらい好きな絵の一枚です。さほど広くない美術館には、東山魁夷画伯の絵が40〜50点ほど飾られていました。年齢から逆算すると、この白い馬の絵は亡くなる数年前から手掛けられていたようで、80歳を超えた年齢で年間に何枚もの絵をかかれていたことに改めて驚かせられました。
また、画伯がまず洋風画でデッサンをしデフォルメしながら和調に描いていく原版の洋風画を見て、そのタッチの細かく繊細である点も驚きです。
『コンコルド広場の椅子』と題したポエム(作者不知)と絵もありましたが、これも詩と絵がマッチしてよかったです。思わずその本を購入しようと思いましたが、なんと1万円、あきらめました(>_<)
ただ、美術館内でメガネの男の人が金魚のう○このように後ろをついて来るのはいただけないですね。最初は案内をしてくれるのかと思えば、顔を合わすと、さっと見えないところに隠れてしまい、また僕らが絵を見始めると後ろをついてくる・・・、感じが悪い態度でした。
刑務所のような鉄格子の向こうにモダンな建物(美術館ではありません) 描きたいところで描けるようとの梅原龍三郎氏の依頼でリアを改造したシトロエン。動くアトリエ
きた道を戻ります。次の目的地は、増富温泉です。癌に効能のある温泉ではよく名前が出てくる温泉です。「須玉=増富温泉=ラジウム」という方程式のように、至るところに増富温泉の案内があります。しかし、道は細いです。我が地元では、丹沢の中川温泉と同じような感じです。片や絶壁の細い道を進んでいきます。
湯治療養はたとえ一日のプチでも1時間は入って・・・というわけで、風呂の前に昼食をと、みずがき湖に作られた塩川ダムの駐車場でランチ。10台ほど止まれる駐車場は誰もいなく、景色はよく最高です。連れ合いがホットケーキを焼いている間、僕は園内を散策。
好天の一日、と思っていると遠く横尾山の方なのか、はたまた瑞がき山の方なのか、ゴロゴロという音。山の天気は変わりやすい、と思っているとポツリポツリ降り始めてしまいました。でも、まあ後は風呂に入って帰るだけ、良しとしましょう。

ここから10分ほど上流に増富温泉公共の湯、増富の湯があります。ここもふるさと基金1億円で建てたのでしょうか?山中にしては大きな規模の温泉です。3つある駐車場は土曜の昼過ぎ(12:40頃)なのにほぼ満車です。
オコジョの湯とやませみの湯に区切られ、日別で男女が変わるそうだ。この日はやませみの湯が男風呂でした。
大きな白湯の風呂は、屋内から細い人が通れる通路を通って半露天(3面ガラス張り)へとつながっています。変わったつくりです。
そして源泉は、きっと黄河はこんな色をしているのだろう、と思わせるような濃い褐色のお湯です。しかも温度は27℃。つまり真夏の午後2時ごろのプールと同じ程度のぬるま湯です。冷泉という奴です、しかし、慣れるとこれが心地いい。何時間でも浸かっていて大丈夫な温泉です。しかもラジウムの含有量は日本一だそうで…(この効能は各自お調べください)。
1時間以上のんびりと浸かり、湯上がり後は27度の温泉に浸かっていたのに、何故だか汗が噴出してくるので、お決まりの牛乳を飲み、帰路につきます。
晴れ時々曇りの天気予想に反して、帰路は、須玉も甲府も御殿場も、なぜだか土砂降りの合間に曇り空の様相。
19:10、無事帰宅。走行距離362.5km、燃費は6.3km/lでした。