×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

 AKAAOKIIRO

残暑厳しい折でも、旅行会社の店先のパンフレットやインターネット検索サイトのバナー広告に、『紅葉』という文字が躍ってきたら、気分は初秋。八幡平が呼んでいる!
というわけで、徐々に用意を始めようとしたら、イクスス号の冷蔵庫が冷えていないことが判明。
どうしたんだ! グローバル社の木村さんと連絡をしながら原因を解明。ガスでは冷えること、バッテリーや交流電源から来ているパイロットランプは点灯していることから、基盤などの不良かもしれないと急遽入院。
9月10日の夕方、豊川の同社まで搬送。それが直ってきたのは、なんとロングキャラバンの出発直前の9月29日。
同時にノートPCの不調とi-podの初期化で、CDからの再導入などのバタバタがあり、前夜就寝は午前3時。
果たしてこの旅無事に帰ってこられるのでしょうか・・・。
30日会社から帰ってくると、時同じくして同行のF母娘が藤田元牧師夫妻を連れて既に我が家に来られていました。今年は、弘前教会創立130年記念礼拝に藤田元牧師が呼ばれていることもあり、行きは弘前まで一緒に行き、ともに礼拝に出席しようということに。
問題は、藤田先生のご健康。約10年前に、脳梗塞を発病、左半身麻痺の後遺症が残る中、KINGの狭い外付けのステップを上り下りできるかということでした。
幸いにもグローバルの木村さんが(下る際に)健常な右半身に持ったステッキを着けるような台を作成してくれたので、これを便利に使用させていただきます。もちろん上る際には、右側につけられた斜めの補助棒が有効です。
無事に全員乗り込み、17:40出発。
港北SAと蓮田SAでトイレ休憩をとりましたが、高齢&半身麻痺という不安をよそに問題なく乗り降りも、車内での生活もできたようです。ご家族の方で、体に障碍をお持ちの方がいてもエントランスドアの幅が広いこと、車内に凹凸がないことなどKINGに関しては問題なく旅行を楽しめる車だと思います。

23:45、福島の松川SAでP泊をさせていただきました。先生は、戦時中、この松川で疎開生活をされたということでことのほか感慨深いようでした。
車は、松川を出発し、菅生SA、前沢SAと立ち寄ります。もちろんここでの楽しみは、O・NI・KU。
菅生(仙台)の牛タンも前沢のステーキもとても美味でした。
おいしいものを食べれば、元気が出ます。旅を続けましょう!
この日は、弘前まで行き、昼食にと目をつけていたナポリタンは残念ながらお休み。回転寿司でおなかを満たし、教会の場所を聞いて、牧師夫妻を宿に送ったら今日のミッションは終了。
お城付近の「ねぷた村」に遊びに・・・。
入場料を払って入ると、早速大きなねぷたのやぐらと太鼓が控えています。・・・と、奥から威勢のいいおにぃちゃんが登場!
ねぷたの説明をしてくれます。どうも、時間ごとではなく、お客さんが入るたびに説明をしてくれるようで、このときの聴衆は僕ら4名。
そしてもう一人のおにぃちゃんは、ねぷたの太鼓の演奏を・・・。一通りの説明の後は、実際に叩いて見ませんか?との呼びかけ。もちろんそういううれしいお誘いには拒む必要はなく、グループを代表して、連れ合いとF娘がばちを握り、おにぃちゃんとジョイント演奏。

この後も、津軽三味線の生演奏や独楽廻しの紹介コーナーなど実際若者が演じてくれるのを見て楽しんだり、美しい日本庭園を堪能できたりと思った以上有意義なひと時を過ごせました。もちろんきれいなねぷたの装飾もたっぷり楽しめました。
「ねぷた」とか「ねぶた」は、「眠たい」からきているそうです。そんな語源や血気盛んで血を見た歴史など知られざる一面と、その文化を後世に伝えようとする地元の人たちの誇りに支えられたこの村。年齢・性別問わずして十分楽しめる施設だと思います。
十分堪能した後は弘前の方のご自慢、岩木山のふもとでP泊しようと車を向かわせます。が、天気はあまりよくない・・・、山は拝めずじまいでしょうか・・・?
それでも僕らは、神社の駐車場の片隅に泊めさせて頂きました。
朝には雨もあがり、岩木山の雄姿を拝むことができました。
名山・霊場の山だけあり、神社も立派でした。なお、奥の院は岩木山の山頂に祭られているそうで、4時間ほどの登山、もしくは別の有料道路で登山ができるそうです。
僕らは、また弘前の町まで戻り、弘前教会創立130年記念礼拝に出席しました。日本キリスト教団弘前教会は、メソヂィスト弘前教会として1875(明治5)年に立てられた教会で、フランスゴシックの双塔が美しい建物として県の重要文化財として指定されています。
礼拝後は、昨日心残りだった『りんご娘.』の『彼の軽トラに乗って』というCDを購入しに、ねぷた村に戻ります。
名前の『りんご娘.』の最後の『.』といい、娘という文字といい、明らかに某人気グループを意識しながらも、『彼の軽トラ・・・』という車種選択とジャケットにほれ込みました(爆)

弘前・大鰐ICから鹿角ICまでは、このCDを聞きながらのドライブ。
残念ながら、雨模様でしたが、久々の鹿角の町です。そのまま、八幡平AC・アスピアにINN。雨もちょうどあがったところですので、STを設営。中には、ブルーシート、銀マット、そしてその上にはホットカーペットを敷き、寒い秋田の秋の夜に備えます。
翌朝少し寝坊の9:30、キャンプ場を出発してまず岩盤浴へ!・・・ありり・・・いくら暖かい岩の上に寝転んでも体が温まってこない・・・。1時間ほどして連れ合いは汗びっしょり。僕はブルブルで車に戻り、ぶな玉へ。
今回はぶな玉は1日券が1,000円で販売され、連れ合いはニコニコ。早速第1回目の入浴に・・・。しかし、いくら風呂に入っても体が温まってきません。2度の風呂をどうにかこなしたころには、完全に風邪ひき状態。ダウンです。
4日、この日もぶな玉へ、ヨロヨロと車を走らせるも今日は完全にダウン。連れ合いが1日券で2回風呂を楽しんでいる間は車の中で一人うなっていました。
さて、F母娘は、藤田牧師の遠縁にあたるので、この日迄は弘前に滞在。藤田牧師らが、戻るに際して、今度は僕ら夫婦に同行、ということで、夕方買い物がてらに鹿角花輪駅までお迎えに。
夜は、食欲もなく発熱ダウンの僕を除いて3人でSTで楽しい語らいの時間をすごしました、とサッ。

翌日は、早めに出発。今日は玉川温泉へ行き、午後は紅葉鮮やかな大沼探索です。が、相変わらず風邪ひきの僕は車の中で臥せっています。
PMの様子はF娘の写真でお楽しみください。
昨年も見かけた熊本ナンバーのトレーラー引きの方が沼から帰ってきたので、しばし雑談。秋は1ヶ月八幡平で過ごされるのだとか・・・。うらやますぃ生活・・・。また来年会いましょうと別れ、キャンプ場に帰宅。
ようやく少し体調がよくなってきました。モーターホーム、という動く家のことだけあって、ゆっくりと寝れるのが醍醐味ですね。
翌6日はぶな玉へ。久々に風呂に入り、さっぱりと。
さて、操業2年のぶなの森・そよ風は、あいも変わらず清潔そのもの、そして従業員の気配りと明るい挨拶もそのままでした。が、一点昨年と違和を感じる点がありました。それは入浴客の態度です。
玉川温泉は、長時間入浴できるようにと、水温は低めに設定されています。と同時に長時間浸かっていると湯あたりを起こすので、○分入浴したら△分休憩をする、ということを繰り返します。
その湯治用風呂に、出入りする際扉を開けっ放しにする輩、また露天風呂に行く扉を開けっ放しにする輩が、今年のぶな玉には目立ちました。
もちろんぶな玉の責任でも何でもありませんが、都会的なセンスのよさでこの宿を選んだ湯治客の多くは、社会的成功者で、その分顧客外の他人への気配りができない人が多いのかもしれません。家庭内でも、尻拭いを連れ合いにさせて、『俺は外で忙しいのだ』と威張っている人が多いのでしょうか? せっかくのすばらしい湯治場が何か心無い一部の人によって泥をぬらせているようでさびしい思いをしました。
この日の午後は、大場谷地の紅葉を堪能しました。
7日、今日は新玉川温泉。素朴な玉川温泉と都会的なぶな玉に挟まれて、独自の色合いをどのように出すのか?気になる存在でもあります。個人的には、同じ温泉を引っ張ってきているはずですが、ここのお湯には長時間浸かれないのです。ナゼデショウ?
そして午後は田沢湖に遊びに行ってきました。1番最初に玉川に来たとき、雨が降って岩盤浴ができなかったから時間つぶしを兼ねて、と来て以来です。
鏡石、辰子姫像を見ながら一周ドライブをしました。
玉川温泉にはほとんど店らしきものはなく、何をするにも田沢湖町か、鹿角市花輪に出かけなければいけません。僕は、鹿角派なんですが、その理由は鹿角のほうが走りやすいからです。
田沢湖に行くには、玉川沿いのトンネルと高所の橋をいくつも通過しなければいけませんし、そのあとも鹿角に向かうほどではありませんが起伏の激しい細い道を走らなければなりません。
しかし、そういうところでも生活をしている人は当然のごとく居り、住居の前を通過するたびその生活を勝手に空想してしまいます。
街づくりと環境をテーマにされている大学教授の話を聞いたときのことを思い出しました。『原風景』子どものころに見た風景は、その人の心を大きく支配する・・・。玉川湖から田沢湖に抜ける最中の秋扇湖、この人造湖とは思えない湖を見て、四季折々を感じれる人は、きっと幸せな心を持ち続けられるのでしょうね。行く途中の僕の好きな場所ですが、残念ながらいつも写真を撮るために停車ができません。
さて、キャンプ場においての一番の大変な作業『撤収』を考えなければならないときがやってきました。朝比較的早い時間に出発する僕らにしてみれば、朝露は厄介なものです。いい加減に処理をすればシミばかりかカビの原因にもなります。おまけに明日(8日)の天気予報は雨。
必然的に今日のうちに撤収です。
実は、もうひとつやり残していることがあります。それは、『鹿角三姫のBlog』に載っていた『熊鍋』を食べることです。
田沢湖から帰りがけに、キャンプ場のすぐそばにある八幡平ガーデンハイツにより営業時間を聞きます。と、なんと17時オーダーストップ!!
急いでキャンプ場に戻り、スクリーンタープをたたみお店に・・・。
食べてきました!!熊鍋、です。

お店の前には、熊もいます。道路の反対側は熊牧場です。・・・まさか、そこの熊では・・・。

お味のほどは、まずまずGoodです。臭みを取るためなのか、むちゃくちゃニンニクを利かせている事、そして東北ならでは?なのか味噌味がといても濃かったです。
付け合せも、濃くなおかつ唐辛子を利かせた冬の付け合せ、なのでしょうか?おいしいですが辛かったです。
ほかのメンバーもそれぞれきりたんぽ定食、豚しょうが焼き定食を食しましたが、いずれも対費用効果は優れていて、みんな満足、ニコニコ顔でキャンプ場最後の夜を過ごしました。
8日、予想通り雨の朝。9時前にキャンプ場を後にしてぶな玉へ。
ゆっくりと喫茶室でお茶を飲み、それから最後の風呂へ。
11:30、同ホテル内の食堂で早お昼を食べ、出発です。F母がどうしても抜けられない教会の仕事があるため、このまま盛岡駅に行くことにします。
秋田仙北地区と岩手は、山間部を仙岩トンネルで結ばれており、幽山の絶景を両目にあっという間に雫石に抜けることができます。
盛岡のイオンで、今晩の夕食の素材を買い、駐車場にとまっていたKINGアニバーサリーに名刺をはさみ、盛岡駅に。F母を見送り、久々下道倶楽部。
道の駅石鳥谷、そしてみずさわに。
みずさわでは、グローバルのチャンプに乗られているBさんに遭遇。しばし情報交換をし、そしてあまり治安がよくなさそうと、ともに高速のSAを目指し分かれました。
この夜、僕らは菅生SAでP泊です。
9日、宮城川崎ICから蔵王のお釜を目指します。緯度は南なものの、高度が高いために蔵王も紅葉真っ盛り。肌寒い山頂の大きな駐車場は、朝10:30にもかかわらずほぼ満車。


レストランで『チーズドリンク』と『ニンニクカレー』を食し、高畠町の浜田広介さんの美術館を目指します。
母親を亡くしたことを知らない小鳥の椋鳥「ムクドリの夢」、そして誰もが知っている「ないた赤鬼」などの作品を次々に世に輩出した浜田広介さんの美術館は、たまたま文化祭をしていたせいもあって、広い駐車場は満車状態でした。わずかな隙間に巨体を止め、僕らもそのやさしさに触れてきました。
本当のやさしさを持った「青鬼」と出会えなくなった赤鬼。二兎追うものは一兎得ず、のたとえとは少し違いますが、一番必要な友をなくしてしまう。浜田広介氏のやさしくも厳しい目が、この物語を通じて子どもたちに語られているのかもしれません。
それは今の日本の世にも脈々と行き続けており、この話の中の「青鬼」は香川県の親切運動のマスコットとなっているそうです。


キャンプ場では、コミニュケーションをとろうと思っているSiteには、黄色いバンダナを巻く習慣があります。
それの一歩上を行ってキャンピングカーの、エントランスドアに「心の優しい鬼の家です。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます。」の広介グッズを置こうかと探しましたが、残念ながらそういうものは売っていませんでした。
今回のたびは、紅葉の始まった北東北が青い葉から赤や黄色に染まるのを見ながらスタートしました。僕自身は風邪をひいて青い顔をして歩いたり、発熱で赤い顔をして寝たりしました。そして旅の終着は、赤鬼と青鬼の物語と、カラー豊かなたびでした。
体調を崩しながらも、自然を堪能できたことは、本当に心が癒されます。
そんな楽しいたびは、最後に宇都宮の餃子館で、健太君に出会って腹いっぱい食べて終了となりました。
また次回GWには、東北のすばらしいところを見つけながら、玉川温泉で湯治療養したいと思います。