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 草津・川原湯 湯めぐりプチキャラ
今年はお盆の休暇は、連れ合いと日程が調整できませんでした。でも、ダンスに英会話、中・高・大やつい最近の友人と出歩くことが多い連れ合いから、「たまにはどうぞ」と言うありがたいお言葉を頂戴して、草津・川原湯温泉に風呂に入りに行ってきました。
単独行ですので、気ままに眠くなったら寝ればいいやと、今回も下道倶楽部(一般道走行)。行きがけは、山梨を回り、草津に抜けるコースを洗濯。とりあえずのP泊予定地は、道の駅・南きよさと。途中にCVSでお酒を買って3時間半、待望の南きよさとに到着。大きな駐車場ですが、8分の入り。・・・・日曜日、あなたの街で一番大きなデパートの10時開店時の立体駐車場の2階(ほら、下から埋まっていくじゃない)のときの車の入り方ですよ。ちょうど中3台空いていたところがあったので、その真ん中にいれらセて頂きました。標高が高い分だけ気温が低く寝やすいだろうな、と期待イッパイ。・・・・しかし、涼しくない。小田原と同じ程度じゃないか。

それでもカクテル・○ートナーを一本、プシュッ、とやれば、遠雷の如く睡魔が襲ってきて、そのうちZZZ ・・・・。
その分早起き、ではないですが、隣の車は5時起き。ゴソゴソの音に目が覚めたので、5時30分、早々に出発。
小海・小諸・軽井沢と抜けて、天狗山スキー場第1駐車場に8:45到着。
ここは、町場(中心街)からかなり上にあるので、風呂上りに町場まで観光に行くとまた汗をかくだろうと、まずはカメラ片手に車から降りました。
すると、向こうの方で手を振りながら歩いてくる人がいます。と、周りを見まわしても歩いているのは僕だけ・・・・、えっ、誰だ?
一歩一歩、近づく・・・・。こういう時目が悪いのは不利だね。誰だよ・・・・。
テク・・・・
テク・・・・
テク・・・・
テク・・・・
あっ、ヤチボン!!!

「お久しぶり」「いつ以来?」・・・・「おととしのさくらんぼ狩り以来だよ」「あの魚のマークで分かったよ。目立つからね、あれは。」3年ぶり、しかも実際会って話すのは今日で3回目の人とそんな会話ですぐに打ち解けられるのは、キャンピングカー乗り仲間ならでは。
聞けば地元の友人と昨日から泊まっているのだとか。「一番面白いところは?」の問いに、「昨日の居酒屋での飲みが一番楽しかった」とか(笑)

いやぁでも、本当覚えててくれてありがとう!!
さて、ヤチボンから聞いた町場への近道を下ります。木陰が涼しい遊歩道を過ぎると、西の河原公園。秋田玉川温泉の岩盤浴場、箱根の大涌谷などと同じ地熱が熱い岩盤の上をちょろちょろと水が流れ、所々からお湯が沸いています。それが地獄の入り口、三途の川のかわら、すなわち賽の河原に似ていると思われたのでしょう。お地蔵さんが祀られ、その周囲には石が積み上げられています。
ここを過ぎるとお土産物屋さん街。そしてその先には、湯畑があります。
全員草津市内で副職を持っているJリーガー。それに代表されるように、草津は町おこしが盛んなのかもしれません。温泉饅頭を試食させるお饅頭やさんをはじめ、呼び込みも盛んですし、観光客ともやり取りがあり、通りが生き生きとしています。
あまり外出をしなかった祖母。若いときに草津に行ったと言う思い出話を聞き、一度だけ泊まりで遊びに行ったことを思い出しました。たまにだからと少し(我が家にしては豪勢な)奈良屋さんに泊まったのですが、その界隈も当時のまま変わらなかったです。
湯畑を中心に何枚か写真を撮って、汗をかきかき山道を登り、駐車場へ。さぁ、今日始めてのお風呂、西の河原露天風呂へ。
まず、お断り。この露天風呂はとても開放的で・・・・特に男性の風呂。遊歩道からよく見えます。今回生まれて初めて、わいせつ物容疑でつかまらないように写真をモザイクしなければならないかと思いましたが、幸い良識のある方を撮影したらしく、きちんと股間をタオルで隠しておりましたので、モザイク処理をしないで済みましたが、風呂に向かって歩いている時は何人もの方の「ブツ」を拝見させて頂きました。もちろん女性は、この男性風呂の奥側ですので、ご心配は要りません。
入浴料500円を支払い、入れば半分はコインロッカー(100円)、半分は棚だけの脱衣所。ここで洋服を脱いで風呂に行けば、ただお風呂のみ。洗い場もない大きな大きな池があるだけ。
500u(つまりは50m×100m)という小さめのグランドと同じ面積の風呂が、男性、女性各一個づつ。真ん中に亀の甲羅干しをするような平らな岩があったり、日陰を作るための四阿(あずまや)があったりします。
比較的温度の高い草津温泉、その上に夏の日光を燦々と浴びた露天風呂は、少し熱め。でも、開放感イッパイの気持ちのいいお風呂でした。
駐車場に戻ってみれば、ヤチボンたちは既に出発をした模様。先を急ぐたびではありませんが、僕も次の目的地、川原湯温泉に向かって出発。
凡そ1時間で川原湯温泉に到着。ここは数年後八ツ場(やんば)ダムによって湖中に沈む運命の温泉街。1193年源頼朝が発見したお湯は、草津の上がり湯として栄えたました。しかし、(ダム建設のため)この風情ある町の中で入れるのはあと数年、と言うことで一度入っておきたかった温泉です。
ここは数十軒(もうそんなに無いのか?)の温泉旅館と3件の公共の湯、そして地元の人専用のお風呂が2、3軒あります。
145号線沿いの駐車場に車を止め、坂道を500mほど登ったところの聖天様露天風呂へ。石段を登っていくと、途中に鉄のゲートがあり、その先に質素な四阿。中には、石をくりぬいた風呂と簡易の脱衣所があるだけ。3m×2mほどの風呂には少し熱めのお湯。香りは草津のそれにそっくりです。ただ、草津に端を発したお湯も距離が長い分だけやわらかくなっているのでしょ。それが仕上げ湯の名だたるところです。
風呂に入っては、風呂桶の石の上で風に吹かれ・・・・を繰り返し、40分ほどおりましたが、だんだん混んで来たので、風呂に入っている方にお断りをして写真を一枚取らせて頂き退散しました。料金は志を100円、と言うことです。空中庭園ならぬ、空中風呂の装いのこの風呂は100円どころか500円の価値はあります。

次は王湯、です。ここは内湯と露天風呂が離れてあります。両方入る場合は、一度洋服を着て長い廊下を歩いてもう片方に行く、と言う感じです。
僕は露天風呂のほうだけ入ってきました。湯温はぬるくて気持ちいいのですが、なんせ狭い。狭すぎる(笑)。
カランはあるけれど、ここで体を洗ったら風呂に入っている人にかかるだろうな、と言うサイズ。強いて言えば、公共の団地の洗い場の大きさと言ったところでしょうか。そして、風呂も横に5人並ぶような形で座るスペースのみ。しかも据わったら、背の高い仕切りで、景色がまったく見えなくなってしまう。お湯がいいだけに残念。
さて、内風呂も・・・・と思いましたが、さすがにもうそろそろ飽きてきました。今回は諦めます。笹湯も入っていないので、紅葉のときにでも吾妻渓谷を見ながらもう一度来たいものです。

ダムに沈む・・・・、ふるさとが無くなる人の悲しみ・思いは計り知れません。既に新しいところに移り住み始めたようで、町は活気を失っています。
でも、たとえば聖天様露天風呂の清掃は、地域の子どもたちのボランティア、とか。そうしたふるさとを愛する気持ちは、僕等以上なのかもしれません。

川原湯を出ればあとは道すがらの道の駅によりながら今日のP泊地を探します。朝が3時間早く活動をし始めたので、予定よりも2時間30分早いです。
おのこ・こもち・ぐりーんふらわー牧場大胡と寄りますが、然程目新しさがない。みんな野菜が売れればいい、そんな感じです。特に大胡は、牧場はしっかり経営していますが、道の駅はやる気なし?でした。
そのまま童謡のふる里おおとねまで走ることにします。ここは周囲の休耕田にホテイアオイを植えたと言うことで、撮影の候補としてピックアップしていました。
19時15分、やっと夜の帳が下りたころです。近くではちょうど盆踊り大会が開催されているようです。しかし、それにしても暑い。近くを利根川が流れ、周囲はすべて田畑なんですが風がない。アルコールを飲めば、余計不快な汗をかくだけで、寝れない、暑い・・・・。なんとなくしか寝れないまま朝を迎えました。
明るくなってみれば、ホテイアオイが咲いていない・・・・。ゼロではないんですが、ポツリポツリで・・・・、「観光に力を入れよう!」と掛け声一声始めたはいいけれど、みんななかなかやる気にならないのかな?と、それでも咲いているところで写真を撮っていました。

7時。農作物を持った方がやってきました。荷を並べているところでも撮らせてもらいながら、ホテイアオイのことでも聞こうかな?と建物の方に行ったその時です。休耕田一面に咲いている田んぼが一枚ありました。 きっと、時期時期で咲く田んぼが違うんですようね。
思いっきり写真を撮ってきました。
さて、道の駅から程近いところに渡良瀬遊水地(谷中湖)があります。この名前から、連想されるとおり、ここは足尾銅山の公害を首都圏に及ぼさないために造られた沈殿池で、その犠牲になったのはここにあった谷中村の住人たちでした。
義憤を抱き住民と反対運動をした田中正造氏の最後の闘いの場でもあります。
そんな谷中村の跡地がこの遊水地一角にあるというので、兼ねてから行ってみたいと思っていました。が、今日はやっとそのチャンスに恵まれました。
北ゲートから遊水地内に入ります。意外だったのは、渡良瀬遊水地の半分(?)は葦などの水辺植物の原なんですね。樹林帯を走ると、その旨の看板。右に曲がり直進すると、立派な駐車場。木立の日陰に車を止めて、いざ出発。
何もない公園。本当に整備されてきれいな公園。
そこを抜けると、また背丈を越える葦類の原があり、その奥に谷中村だったところがありました。村役場のあったところだといいます。
日本の公害運動の始まり、官僚の「お上の底力」の強さ、住民のしたたかな反対運動・・・・。僕らは知らず知らずの間に、この闘いからいろんなことを学んでいます。
たとえば「一坪運動」。土地の共有者を増やし、賛同の意を表し、自分のこととして運動を進めていくための方法はこの闘いから生まれたと言います。
そして、谷中村村議会を無視して、一方的に藤岡町に合併。すべての決定権を奪い、離村に賛成合意。そして強制収用、代執行・・・・。

僕が立っている所・・・・、ここは村の入り口。ちょうど池があったところのようです。ここから一本の道に沿って村の集落が続きます。明治39年までは、ここに何かが植わっていたのでしょう。米か、麦か、芋か・・・・。しかし明治39年の10月に国家はここの住民を切り捨てる政策への行動を開始しました。
ここは数十人が、家を取り壊され、川の堰を切られ、腰までの水に浸かりながら恐怖を怒りに変えて、田中正造氏と一緒に闘いを続けた場所です。
何も遺跡などは残っていない観光地です。目をつぶらなければ見えない観光地の一つです。
でも、目をつぶることで、多くのことが見える観光地でもありました。大きなケヤキが立っています。お前は、あの惨劇を知っているのかい?
まだ朝の9時。でも暫く歩くと、くらくらしてしまうような暑い一日の始まりです。

この後、道の駅北川辺・さかい・庄和を通り、八王子と町田の境目にある、ロテン・ガーデンで入浴。夏の旅は、風呂が一番。なんていったってサッパリ出来るもの。
褐色のぬるい温泉とサウナを交互に入り、サッパリして出ようとすると、ラムネのプレゼント。ラッキー。童心に戻り一本飲んでさぁまた2時間、頑張って走りましょう。
身も心もリフレッシュ。ここまで一先々が楽しめるのもラッキーでした。